第37回当番幹事の声(28回生)

28回生 受付担当 ピンチ

受付担当幹事 田所 雄一(青高28)

今年は我々27回生が受付を担当しますので、皆さんよろしくお願いいたします。

第2回目の当番幹事打合せが4月19日に開催されました。前年の先輩からは、この会合で、メンバーをそれなりに集めて、総会当日の役割分担をしてしまうのがよいとのアドバイス。人員は20数名が必要とのご指摘も。

実際は、なんとか集まってもらったものの、総勢9名。とはいえ、内心は結構集まってもらえたと感動気味でした。しかしながら、よくよく考えると、冷や汗もの。 でも、受付の第一の役割は、間違えの無い総会会費の集金であることを思い出しながら、何とか人員確保は見えたかに錯覚。

第2回目の打ち合わせでは、来賓のエスコートには先輩の力添えが期待でき、受付後の会場入り口での資料配布もお手伝いいただけるとのご意見もあり、少し安心。

いずれにしても、あと1ヶ月をきってしまった中、何らかのつてをたどって、メール発信にパソコン、そして、携帯にいそしむしかなさそうです。28回生の方、ご連絡を待ってます。

打合せに集まった28回生のみなさん打合せに集まった28回生のみなさん

第37回当番幹事の声(41回生)

Aomori on my mind
(ワがココロのアオモリ)

企画運営担当幹事 折笠 方紀(青高41)

唐突ですが、自分は東京生まれ♪青森育ち♪(以下略)です。
実家の家業を継ぐ親の都合で、三歳の時にYS-11のタラップから颯爽と青森の地に降り立ったワケですが、そこからはまぁ衝撃体験の連続でした。

まずTVをつけても民放がRABとATVしかない。戦隊特撮に夢中だったボクは、お気に入りの番組がほとんど見れなくなり、悶絶。
おまけに津軽弁がホントに全くサッパリ分からない。父の店に来るお客さんが自分に話しかけるのですが、何を言ってるのかもう全然わからない。言葉を覚えたての幼児にとっては大変な混乱です。とりあえず愛想笑いが上手な子供になりました。

もう東京に帰る、と親に駄々をこね、お気に入りのミニカーだけを鞄に詰め、通れるはずもない「あおもり駅」の改札まで行ったのは正直一度や二度ではありません。

でも……高校を卒業し上京、子供の頃あれほど恋い焦がれた東京生活が普通の日常となった今…

僕のココロは青森に帰りたくて仕方がないのです。じゃわめぐのです。

弘前城にサクラの花が舞ったと聞くと帰りたい。ねぶた囃子が夜ごと風に乗り街を漂う季節になると帰りたい。
テレビの旅番組で青森の特集をしてると、つい見てしまう自分がいます。
気が付くとインターネットのライブカメラで街の様子をチェックしてます。あ、今日は青森晴れてるね。

そんな自分を見て妻は呆れています。

そりゃそうです、良く考えてみれば自分にとって青森は<でっかい青春の思い出箱>なんですから。
良い事も悪い事もあったけど、今となっては嫌いになれるはずもない大切な場所なんです。心の故郷です。
レイ・チャールズにとってのジョージア、自分にとってのアオモリ。ココロ還る場所。

東京同窓会にお集まりの皆様も、きっとあそこに、あの切り株とマサカリで象られた本州最北端に、青中・青高女・青高に、10代の自分を沢山遺していらっしゃるはずです。だから、年に一度、東京で集うこの同窓会もまた、きっとココロ還る大切な場所の一つなんだな、と。

今回、宴の準備にあたり、卒業から20余年の時を経て、程よく枯れた同期の面々と久々に再会でき、また、自分と青森の関係を見つめ直す良い機会になりました。

呼びかけに快く応じ、ほぼ1年に渡り集合準備に尽力してくれた41回生の仲間達に感謝、企画の立案実行を温かい目で背後からサポートしてくださった橋本会長以下、同窓会運営の先輩方に感謝、そして、同窓会にお集まりいただく皆々様に感謝です。

当日は多くの皆様が笑顔で再会できるよう、そして、ココロのアオモリを感じられる良い宴となるよう、41回生一同、精いっぱい頑張らせて頂きます。

決起に参集した41回生のみなさん決起に参集した41回生のみなさん